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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)239号 判決 1998年9月30日

東京都大田区池上5丁目23番13号

原告

太産工業株式会社

代表者代表取締役

千葉博

訴訟代理人弁護士

八掛俊彦

弁理士 江崎光史

三原恒男

大阪府八尾市北亀井町2丁目7番15号

被告

シルバー株式会社

代表者代表取締役

西岡義彰

訴訟代理人弁理士

小谷悦司

伊藤孝夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第15650号事件について、平成9年8月29日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプの製造方法」とする特許第2080163号発明(昭和58年10月24日実用新案登録出願をし、昭和62年10月22日特許出願に変更した出願を平成元年1月27日分割出願、平成7年6月30日出願公告、平成8年8月9日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成8年9月19日に被告を被請求人として、上記特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第15650号事件として審理したうえ、平成9年8月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月8日、原告に送達された。

2  出願公告(特公平7-101033号)に係る明細書(以下「本件明細書」という。)記載の本件発明の特許請求の範囲(以下「本件特許請求の範囲」という。)

フリーピストン状のプランジャを収めたシリンダの外周に設けられた電磁コイルと、該電磁コイルからの2本のコイル端末を固定する第1、第2の端子、更に上記第1の端子との間で固定抵抗器が接続される第3の端子とを有し、石油燃焼器に組み込まれた状態で該石油燃焼器内の駆動回路から供給される駆動パルスが上記第2、第3の端子間に供給されて燃料を所定の吐出量で吐出する石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプにおいて、上記固定抵抗器のない状態で、上記石油燃焼器内の駆動回路から供給される駆動パルスに対して上記所定の吐出量以上となるように、予め電磁ポンプを製造し、吐出量検査用駆動回路からの駆動パルスを上記第1、第2の端子に供給して上記電磁ポンプの吐出量を測定し、このときの吐出量と基準流量との偏差に応じて、上記電磁ポンプの吐出量を上記石油燃焼器に組み込んだ状態で上記所定の吐出量に対する許容範囲内に収まる抵抗値を有する固定抵抗器を選定し、該選定した固定抵抗器を上記第1、第3の端子間に接続することを特徴とする石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプの製造方法。

注 本件明細書の特許請求の範囲欄には、「このときの吐出量と基準流量との偏差に応じて、」の部分が「このときの吐出量と基準流量とその偏差に応じて、」と記載されているが、平成6年7月29日付手続補正書(乙第4号証)添付の明細書の特許請求の範囲欄の記載に照らして、本件明細書の誤記であることが明白であるので、訂正して掲記した。以下、書面の記載をそのまま引用する場合を除き、同様とする。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件特許請求の範囲には、原告主張の記載不備はなく、また、本件出願は特許法44条(平成5年法律第26号による改正前のもの)の特許出願の分割の要件を具備した出願であって、出願日が遡及するので、本件発明が昭和62年10月22日変更出願に係る特開昭63-285275号公報(審決甲第4号証、本訴甲第4号証)に記載された発明と同一であるとはいえないから、その特許を無効とすることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本件発明の要旨の認定、原告主張の無効理由1、2の内容及び無効理由1、2に対する判断は認める。

審決は、審判において原告が主張した後記2記載の無効理由の摘示を脱漏して、これに対する判断を遺脱したものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(判断遺脱)

(1)  本件特許請求の範囲は、昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条5項(分割出願当時は平成2年法律第30号による改正前の特許法36条4項2号、以下同じ。)の規定する要件を満たしていないから、本件特許は、同法123条1項3号により無効である。

すなわち、本件特許請求の範囲には、「このときの(注、固定抵抗器のない状態で測定したときの)吐出量と基準流量との偏差に応じて、上記電磁ポンプの吐出量を上記石油燃焼器に組み込んだ状態で上記所定の吐出量に対する許容範囲内に収まる抵抗値を有する固定抵抗器を選定し、」との部分(以下、この部分を「構成要件D」という。)があるが、この測定した吐出量と基準流量との偏差に応じた抵抗値がどのようなものであるかが全く明らかではない。

本件明細書の発明の詳細な説明には、構成要件Dに関し、「固定抵抗器を介在させることによって吐出量がどの程度減少するかは、該抵抗器の抵抗値によって定まり、且つ予め実験的に知ることができる」(甲第3号証6欄4~7行)、「電磁ポンプは、その端子26、27間に吐出量調整用抵抗器を接続する前の状態で、端子26、28間、つまり電磁コイル2のコイル端末21、22間に所定のパルス出力を印加したとき、ポンプ吐出量が規定の許容範囲以上になるように仕様・設計されていて、上記状態にてポンプ吐出量を測定し、この測定流量の基準流量からの偏差に応じて、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から定まる固定抵抗器を選定する。」(同号証7欄24~32行)との記載がある。しかし、この実験データ(グラフ線)がどのようなものであるかについては、本件明細書に全く記載がなく、その実態は不明である。

被告は、原告を相手方として大阪地方裁判所に申請した同裁判所平成7年(ヨ)第3567号仮処分事件で提出した準備書面において、構成要件Dに係る実験データにつき、「吐出量がどの程度減少するかは、固定抵抗器の抵抗値によって定まり、かつ予め実験することによって固定抵抗器の抵抗値を変えることによる吐出量の変化量を検知することが出来、その実験データを作成することが出来る。」(甲第5号証2丁裏10~末行)、「この実験データのそれぞれの固定抵抗器の抵抗値とそれぞれの吐出量との関係をグラフ上に座標点として描き、各点を線で結ぶと僅かに蛇行した線となるが、概ね直線、又は、直線に近似した曲線状となり、そのグラフ線の形状とX軸に対する傾き状態が電磁ポンプの種類が異なる毎に異なっているが、同種類の電磁ポンプの1個毎のグラフ線とX軸との傾きが概ね同一である。」(同号証3丁表1~5行。以下、この記載を「記載b」という。)と説明している。この説明が技術的に当を得ているかどうかはともかくとして、実験データのグラフ線が、経験上当然に「概ね直線、又は、直線に近似した曲線状」となり、「同種類の電磁ポンプの1個毎のグラフ線とX軸との傾きが概ね同一」であると認識できるわけではないから、構成要件Dは、このような説明があって初めて理解できるものであり、記載bの内容は、本件発明を構成する必須事項である。

そうすると、このような必須事項の記載のない構成要件Dは、昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条5項の「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されているとはいえないから、本件特許請求の範囲は同項の要件を満たすものではない。

(2)  被告は、実公昭41-18863号公報(乙第1号証)及び実公平7-55335号公報(乙第2号証)の記載を根拠として、石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプにおいて「抵抗器を介在させることによって吐出量がどの程度減少するかは、該抵抗器の抵抗値で定まり、且つ予め実験的に知ることができる」ことが周知の事柄であると主張する。しかし、実公昭41-18863号公報及び実公平7-55335号公報には、一般に電磁ポンプにおいて、抵抗器を介在させることによって吐出量がどの程度減少するかは、該抵抗器の抵抗値で定まるという特性を有していることと、その特性については予め実験的に知ることができるということが示されているにすぎないから、周知であるのは、電磁ポンプ一般において、抵抗値の増減が吐出量の増減を定めるという、概括的又は抽象的関係に止まるものである。被告は、本件発明が、電磁ポンプ本来の特質から、予め流量と抵抗値との関係を得ておくことができることを前提とするとも主張するが、前提となり得るのも、電磁ポンプ一般における抵抗値と吐出量との間の概括的又は抽象的関係であるにすぎない。

他方、被告が、構成要件Dの技術的意味について「測定流量の基準流量からの偏差に応じて、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から定まる固定抵抗器を選定する」ことであると主張する場合の「予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係」とは、電磁ポンプの機種ごとに収集した実駐データに基づく機種ごとの具体的な抵抗値と吐出量との関係のことであって、周知の電磁ポンプ一般における抵抗値と吐出量との間の概括的又は抽象的関係のことではない。両者は全く別物であって、周知の電磁ポンプ一般における抵抗値と吐出量との間の概括的又は抽象的関係について知識を有していたとしても、その知識は、どのようにして機種ごとに具体的な抵抗値を算出するかを明らかにするものではない。

のみならず、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から定まる抵抗値を算出するということは、本件特許請求の範囲に記載されていないうえ、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から、どのような方法で、機種ごとに具体的な抵抗値を算出するかについては、本件明細書に示唆すらない。

したがって、構成要件Dを被告主張のように解することはできないのであり、構成要件Dは機種ごとの具体的な抵抗値を算出する方法の記載として意味不明なのである。

また、被告は、記載bについて、本件発明の技術的思想をイメージ的に具現化したにすぎないものと主張するが、本件明細書の抽象的、概括的な記載をどのようにイメージ的に表現しようとしても、記載bのような具体的説明に到達することはできない。記載bは、収集した実験データをどのように分析利用するかを説明した発明の本質に係る必須の記載であり、本件発明の1例であって、必ずしもこのとおりでなくてもよいとしても、少なくともこの程度の具体的な方法・手段の記載がなければ、方法の特許としての本件発明の内容を理解することはできない。

(3)  原告は、審判において、上記の構成要件Dに係る記載不備の無効事由(以下「本件無効事由」という。)を審判請求書に記載して主張した(甲第7号証)。

しかるに、審決は、本件無効事由を原告の主張として摘示せず、これに対する判断もしていないから、判断遺脱の違法があることは明らかである。

第4  被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(判断遺脱)について

(1)  本件明細書に「固定抵抗器は、駆動回路からの出力を抑制、すなわち電磁コイルへの印加電圧を下げるように作用し、該コイルから発生する電磁力を低下させて、当該電磁ポンプの吐出量を減少せしめる。・・・固定抵抗器を介在させることによって吐出量がどの程度減少するかは、該抵抗器の抵抗値によって定まり、且つ予め実験的に知ることができる。」(甲第3号証5欄49行~6欄7行)と記載されているとおり、石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプは、本来、電磁コイルへの印加電圧を下げれば吐出量が減じ、逆にすれば吐出量が増えるという特性を有している。「抵抗器を介在させることによって吐出量がどの程度減少するかは、該抵抗器の抵抗値で定まり、且つ予め実験的に知ることができる」という特質を備えていることは、実公昭41-18863号公報の「可変抵抗器1の抵抗値を増大すると電圧計2及び電流計3の指示は減少し、圧力計6の指示も低下して吐出圧力及び吐出流量の低下したことを示す。可変抵抗器1の抵抗値を減少した場合はこの逆となり、吐出流量、吐出圧力の増大することを示す。」(乙第1号証2頁左欄14~19行)との記載並びに電圧及び吐出孔面積を一定とし可変抵抗器の値を変化させた場合の吐出流量を示す(同頁右欄9~13行)第4図に示されているとおり、石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプの技術分野において周知の事柄であり、実公平7-55335号公報の「第5図で示すグラフによって明らかなように、抵抗値と吐出量Qの変化は直線的に変化することが実験によって確認されている」(乙第2号証5欄32行~6欄2行)との記載からもこのことが裏付けられる。

本件発明は、このような電磁ポンプ本来の特質から、予め流量と抵抗値との関係を得ておくことができることを前提として、本件明細書記載のとおり「電磁ポンプは、その端子26、27間に吐出量調整用抵抗器を接続する前の状態で、端子26、28間、つまり電磁コイル2のコイル端末21、22間に所定のパルス出力を印加したとき、ポンプ吐出量が規定の許容範囲以上になるように仕様・設計されていて、上記状態にてポンプ吐出量を測定し、この測定流量の基準流量からの偏差に応じて、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から定まる固定抵抗器を選定する」(甲第3号証7欄24~32行)ことができるようにしたものである。すなわち、固定抵抗器を介在させることによって吐出量がどの程度減少するかは、該抵抗器の抵抗値によって定まるが、予め実験的に流量(吐出量)と抵抗値との関係が求めてあるから、測定検査によって測定値が得られれば、測定値に係る吐出量と基準流量とによって、調整すべき抵抗値は初歩的数学で充分に計算できるのである。構成要件Dの「このときの吐出量と基準流量との偏差に応じて」との記載の技術的意義は、電磁ポンプ本来の特質から、予め得ている流量と抵抗値との関係を利用するということであり、これを含めた構成要件Dの技術的な意味が上記のとおりであることは、当業者であれば充分理解できるものであるから、本件特許請求の範囲に原告主張の記載不備はない。

(2)  原告は、構成要件Dは、大阪地方裁判所平成7年(ヨ)第3567号仮処分事件で被告が提出した準備書面中の記載bのような説明があって初めて理解できるものであり、記載bの内容は、本件発明を構成する必須事項であると主張する。しかし、構成要件Dの技術的意味が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することにより、当業者に充分理解可能であることは(1)のとおりである。記載bは、該仮処分事件において、債権者である被告が、債務者である原告の主張に対応して、裁判所の理解を助けるために、本件発明の技術的思想をイメージ的に具現化したにすぎないものである。本件発明における固定抵抗器の選定は、測定流量からグラフを用いて抵抗値を求める態様に限定されるものではなく、コンピュータに実験データを予め入力しておいたうえ、測定データを入力して計算させるような態様も可能であり、ことさらグラフを用いる態様に限定されなければならないとする原告の主張は失当である。

原告はまた、実公昭41-18863号公報等によって周知であるのは、電磁ポンプ一般において、抵抗値の増減が吐出量の増減を定めるという、概括的又は抽象的関係に止まり、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から、どのような方法で、機種ごとに具体的な抵抗値を算出するかについて明らかではないと主張する。しかし、実公昭41-18863号公報(乙第1号証)の第4図には、縦軸の吐出流量、横軸の印加電圧のいずれにも数値が付された座標のグラフに特性線が具体的に示されており、単なる概括的又は抽象的な特性を示すものではなく、具体的な吐出量と印加電圧の関係を示すものである。また、本件発明は、本件明細書に記載されたように「ポンプ構成部品の寸法精度やバネ類の強さの僅かな誤差によっても、吐出性能に影響を受ける割合が大きく(従来では、設定吐出量に対して最大上下30%程度のばらつきがある。)、」(甲第3号証3欄30~33行)という技術背景のもとで、同一機種の電磁ポンプの吐出量のばらつきをJISで規定された許容範囲内に収めようとするものであり、同一の吐出性能を有するものとして組み立てられた同一機種ごとの電磁ポンプの吐出量のばらつきを調整することを目的とするものであるが、「吐出量のばらつき」は、同一機種ごとの多数の実験データの平均値としてのデータを基に修正し得るものであることは常識であるから、「流量と抵抗値の関係」は、当然同一機種ごとに実験的に得られたものを指すことは極めて明白であり、その旨を特許請求の範囲に記載する必要はない。

(3)  審判請求書において、本件無効事由は、「すべてを含む」に係る記載不備の主張(被告が、本件特許請求の範囲の構成要件Dの記載によって、本件発明が、偏差に応じて許容範囲内に収まる吐出量となる抵抗値を有する固定抵抗器を選定する方法のすべてを含むものであるかのような主張をしているとしたうえで、すべてを含むとすれば、本件明細書の発明の詳細な説明でカットアンドトライ方法が除かれていることと齟齬するという趣旨の主張)を根拠づける事由の1つとして記載されている(甲第7号証9頁27行~10頁6行)。そして、審決は、「すべてを含む」に係る記載不備の主張を原告の主張として摘示し(審決書6頁7~13行)、これに対する判断をして排斥している(同9頁11~末行)。

また、前記(1)のとおり、当業者であれば、本件明細書の「電磁ポンプは、その端子26、27間に吐出量調整用抵抗器を接続する前の状態で、端子26、28間、つまり電磁コイル2のコイル端末21、22間に所定のパルス出力を印加したとき、ポンプ吐出量が規定の許容範囲以上になるように仕様・設計されていて、上記状態にてポンプ吐出量を測定し、この測定流量からの偏差に応じて、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から定まる固定抵抗器を選定する」(甲第3号証7欄24~32行)との記載を参酌することにより、構成要件Dの技術的意義を充分理解し得るところである。

したがって、本件無効事由についての判断遺脱の主張は、形式的にも実質的にも、失当である。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由(判断遺脱)について

(1)  本件明細書(甲第3号証)の発明の詳細な説明には、「この発明は、民生用の石油燃焼器への白灯油等のような液体燃料を供給する分野で利用される電磁ポンプの製造方法についての改良に関する。」(同号証2欄8~10行)、「民生用の石油燃焼器において燃料供給用として採用される電磁ポンプは、1分間当たりの吐出量が数ccないし10数cc程度の小型なものであるから、ポンプ構成部品の寸法精度やバネ類の強さの僅かな誤差によっても、吐出性能に影響を受ける割合が大きく(従来では、設定吐出量に対して最大上下30%程度のばらつきがある)、従って各ポンプ毎の吐出量を、該ポンプの組立て後に全数検査して、許容範囲内へ収まるように調整しなければならない。」(同3欄28~36行)、「本発明の技術的課題は、・・・可変抵抗器を用いることなく、電磁ポンプの吐出量を該ポンプ側で調整可能ならしめ、駆動回路を予め自動制御回路へ組込んだ形態での製造を可能とし、生産能率の向上、コストの低減が可能で、しかも、流量調整作業の能率を高め、また石油燃焼器において一般使用者により勝手に調整されることがなく燃焼が正常でなくなるといったことを未然に回避し得る吐出量調整用固定抵抗器を接続する電磁ポンプの製造方法を提供することにある。」(同5欄39~48行)、「このような技術課題を解決する本発明は、フリーピストン状のプランジャを収めたシリンダの外周に設けられた電磁コイルと、該電磁コイルからの2本のコイル端末を固定する第1、第2の端子、更に上記第1の端子との間で固定抵抗器が接続される第3の端子とを有し、石油燃焼器に組み込まれた状態で該石油燃焼器内の駆動回路から供給される駆動パルスが上記第2、第3の端子間に供給されて燃料を所定の吐出量で吐出する石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプにおいて、上記固定抵抗器のない状態で、上記石油燃焼器内の駆動回路から供給される駆動パルスに対して上記所定の吐出量以上となるように、予め電磁ポンプを製造し、吐出量検査用駆動回路からの駆動パルスを上記第1、第2の端子に供給して上記電磁ポンプの吐出量を測定し、このときの吐出量と基準流量との偏差に応じて、上記電磁ポンプの吐出量を上記石油燃焼器に組み込んだ状態で上記所定の吐出量に対する許容範囲内に収まる抵抗値を有する固定抵抗器を選定し、該選定した固定抵抗器を上記第1、第3の端子間に接続することを特徴とするものである。」(同6欄9~27行)、「本発明によれば、電磁ポンプを予め所定以上の吐出量を有するように製造しておき、次いで吐出量検査のための駆動回路を1台だけ用いて、各電磁ポンプのそれぞれに対して吐出量を測定し、このときの吐出量と基準流量との偏差に応じて該ポンプの吐出量を、石油燃焼器に組み込んだ状態で所定の吐出量に対する許容範囲内に収める抵抗値を有する固定抵抗器を選定し、上記端子間に接続するようにしたので、可変抵抗器の可変接触子を摺動しては吐出流量を測定する調整作業を繰り返すことを必要としない。従って、所定の吐出量の電磁ポンプの製造が精度の高い性能を有しつつ、容易かつ1回の測定で迅速に行える。」(同8欄49行~9欄10行)との各記載がある。

これらの記載によれば、本件発明は、石油燃焼器へ液体燃料を供給する電磁ポンプの製造において、構成部品の寸法精度やバネ類の強さの僅かな誤差等によって許容範囲から逸脱することのある各ポンプの吐出量を許容範囲内へ収めるべく、かつ、ポンプの吐出量を該ポンプ側で調整可能とし、生産能率及び流量調整作業の能率の向上、コストの低減が可能で、しかも、一般使用者により勝手に調整されることがない吐出量調整用固定抵抗器を接続する電磁ポンプの製造方法の提供を技術課題とするものであること、本件特許請求の範囲記載の構成を採用することにより前示技術課題を達成することができ、従来の可変抵抗器の可変接触子を摺動しては吐出量を測定する調整作業を繰り返すことを必要とすることなく、所定の吐出量の電磁ポンプの製造が精度の高い性能を有しつつ、容易、かつ、1回の測定で迅速に行なえるという作用効果を奏するものされていることが認められる。

(2)  実公昭41-18863号公報(乙第1号証)には、「電磁コイルの回路Cに直列の半波整流器4と可変抵抗器1とを接続してなるフリーピストン型電磁ポンプ」(同号証実用新案登録請求の範囲)の考案が記載されているが、その考案の詳細な説明には、「交流入力AC及び吐出孔開口面積を一定に保ち、可変抵抗器1の抵抗値を増大すると電圧計2及び電流計3の指示は減少し、圧力計6の指示も低下して吐出圧力及び吐出流量の低下したことを示す。可変抵抗器1の抵抗値を減少した場合はこの逆となり、吐出流量、吐出圧力の増大することを示す。」(同2頁左欄13~19行)、「第4図は第1図のポンプを使用して交流入力(第1図AC)の電圧及び吐出孔面積を一定とし可変抵抗器(第1図1)の値を変化させた場合の吐出流量を示すもので、縦軸は吐出流量、横軸は印加電圧を示す。」(同2頁右欄9~13行)との各記載があり、図面第4図には、横軸の印加電圧の増加に対応して縦軸の吐出流量がほぼ直線的に増大することを示すグラフが記載されている。

そうすると、本件特許出願に係る出願の分割及び出願の変更前の実用新案登録出願日(昭和58年10月24日)当時、電磁ポンプの技術分野における当業者には、抵抗器の抵抗値が増大すると、印加電圧が低下し、電磁ポンプの吐出量が減少すること、及び印加電圧の低下・増加と電磁ポンプの吐出量の減少・増大との間には、ほぼ直線的、すなわち一次関数的な関係があることが周知であったものと認められる。そして、このことと、電圧、電流及び抵抗値並びに電磁コイルに生ずるリアクタンスに関する一般式とに基づけば、抵抗器を介在させた場合に、抵抗器の抵抗値と電磁ポンプの吐出量との間には、関数式で表わせる一定の法則性が存在することが直ちに理解されるところである。

ところで、本件発明は、前示のとおり、電磁ポンプの製造において、構成部品の寸法精度やバネ類の強さの僅かな誤差等によって許容範囲から逸脱することのある各ポンプの吐出量を許容範囲内へ収めるべく、吐出量調整用固定抵抗器を接続するものであるから、抵抗器を接続することにより吐出量を調整しようとする各電磁ポンプは、同一仕様の同一機種であって、本来は同一の吐出性能を有するはずのものとして製造されたものであることは明らかである。そうすると、前示周知事項に基づけば、構成部品の寸法精度やバネ類の強さの僅かな誤差等によって同一機種の各ポンプの吐出量にばらつきが生ずるとしても、各ポンプごとにその抵抗値と吐出量との間には、その機種の仕様に応じた同一の法則性が存在することになるから、同一機種の電磁ポンプの一定数をサンプリングし、それらの抵抗値と吐出量との関係を測定したデータから、その機種における吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す具体的な法則(関数式)が導けること、同一機種に属する個別の電磁ポンプの抵抗値と吐出量との具体的関係は、その個別のポンプで特定の抵抗値(0でもよい。)における吐出量を測定し、その吐出量と、前示吐出量と抵抗値との平均的な関係におけるその抵抗値に対する吐出量との偏差を基にして算出し得ることは、当業者にとって自明の技術常識というべきである。そして、個別の電磁ポンプの抵抗値と吐出量との具体的関係から、そのポンプにおける許容範囲の吐出量に対応する抵抗値の範囲を求め得ることはいうまでもない。

(3)  構成要件Dに関し、本件明細書(甲第3号証)の発明の詳細な説明には、「固定抵抗器は、駆動回路からの出力を抑制、すなわち電磁コイルへの印加電圧を下げるように作用し、該コイルから発生する電磁力を低下させて、当該電磁ポンプの吐出量を減少せしめる。・・・固定抵抗器を介在させることによって吐出量がどの程度減少するかは、該抵抗器の抵抗値によって定まり、且つ予め実験的に知ることができる。」(同号証5欄49行~6欄7行)、「電磁ポンプは、その端子26、27間に吐出量調整用抵抗器を接続する前の状態で、端子26、28間、つまり電磁コイル2のコイル端末21、22間に所定のパルス出力を印加したとき、ポンプ吐出量が規定の許容範囲以上になるように仕様・設計されていて、上記状態にてポンプ吐出量を測定し、この測定流量の基準流量からの偏差に応じて、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から定まる固定抵抗器を選定する」(同号証7欄24~32行)との各記載がある。

前示周知事項及び技術常識を前堤とすれば、この記載のうちの「予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係」が、一定数をサンプリングして抵抗値と吐出量との関係を測定したデータから求めたある機種の電磁ポンプにおける吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す具体的な法則を意味し、「基準流量」が、その吐出量と抵抗値との平均的な関係における抵抗器のない状態(抵抗値が0の場合)における吐出量を示していることは明らかである。そして、構成要件Dの「このときの(注、固定抵抗器のない状態で測定したときの)吐出量と基準流量との偏差に応じて、・・・上記所定の吐出量に対する許容範囲内に収まる抵抗値」との記載が、ある機種の個別の電磁ポンプの抵抗器のない状態(抵抗値が0の場合)における吐出量と、前示「基準流量」と、既に得られている当該機種の電磁ポンプにおける吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す具体的な法則とを、前示のように利用して、個別のポンプにつき、所定の吐出量に対する許容範囲に対応する抵抗値を求めることを意味することも、当業者であれば容易に理解することが可能であるものと認められる。

(4)  原告は、実験データ(グラフ線)がどのようなものであるかについては、本件明細書に全く記載がなく、その実態は不明であると主張する。

しかし、前示のとおり、周知事項を基にして、抵抗器の抵抗値と電磁ポンプの吐出量との間には、関数式で表わせる一定の法則性が存在することが理解されるのであり、かつ、技術常識に基づいて、ある機種の電磁ポンプの一定数をサンプリングし、それらの抵抗値と吐出量との関係を測定した実験データから、その機種における吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す具体的な法則が導かれること、同一機種の個別の電磁ポンプの抵抗値と吐出量との具体的関係は、そのポンプの特定の抵抗値に対する吐出量と、その抵抗値における前示平均的な関係における吐出量との偏差を基にして算出し得ることは、当業者にとって自明というべき事柄である。その実験データから導かれる吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す法則が具体的にどのようなものであるか(具体的にどのような関数式で表わされ、あるいはグラフとした場合にどのような線となるか)は確かに本件明細書に記載がないが、それは、本来、当該機種の仕様や、電圧、電流、抵抗値、電磁コイルに生ずるリアクタンスがどのような値又は範囲にあるか等によって定まるものであり、その実施例が明細書に記載されていないからといって、上如の事項が明らかであれば、当業者が明細書の記載に従って実施することに支障はなく、実験データの実態が不明であるとすることはできない。

また、原告は、記載bを引用したうえで、実験データのグラフ線が、経験上当然に「概ね直線、又は、直線に近似した曲線状」となり、「同種類の電磁ポンプの1個毎のグラフ線とX軸との傾きが概ね同一」であると認識できるわけではないから、構成要件Dは、このような説明があって初めて理解できるものであり、記載bの内容は、本件発明を構成する必須事項であるとも主張する。

ところで、実公平7-55335号公報(乙第2号証)には、「駆動回路から出力される駆動パルスをソレノイドコイルに印加することによって該ソレノイドコイルに電磁力を発生させ、この電磁力の断続によりバネカが付勢されたプランジャを往復動させて逆止弁を押し開かせて流体を吐出させる流量形電磁ポンプにおいて、前記ソレノイドコイルの一方の端末が接続される第1の端子と、前記ソレノイドコイルの他方の端末が接続され、前記第1の端子と反対側に突設される第2の端子と、前記第2の端子側において該第2の端子と併設される第3の端子と、前記第3の端子と短絡し、前記第1の端子側において該第1の端子と併設される第4の端子と、前記第2の端子と前記第3の端子に連架し、前記電磁ポンプの吐出量を所定範囲内に収める抵抗値を有する固定抵抗器とにより構成されることを特徴とする流量形電磁ポンプの流量調整装置」(同号証実用新案登録請求の範囲)の考案が記載されているが、その考案の詳細な説明には、「第5図で示すグラフによって明らかなように、抵抗値と吐出量Qの変化は直線的に変化することが実験によって確認されている」(同号証5欄末行~6欄2行)との記載があり、この記載及び図面第5図の図示によれば、電磁ポンプの吐出量の減少・増大と抵抗値の増大・減少との間には、少なくとも擬似的には直線的、すなわち一次関数的な関係があることが認められる。そうすると、前示周知事項を基にして、電圧、電流及び抵抗値並びに電磁コイルに生ずるリアクタンスに関する一般式より導かれる抵抗値と吐出量との間の法則性は必ずしも一次関数で表わされるものではないが、本件発明においても、実施例のレベルで、ある機種の電磁ポンプの吐出量の減少・増大と抵抗値の増大・減少との間にかかる擬似的な直線的、一次関数的な関係があるものとすれば、記載bのとおり、当該機種の電磁ポンプの一定数をサンプリングし、それらの抵抗値と吐出量との関係を測定したデータから導いた、その機種における吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す具体的な関数式はグラフ上概ね直線で表わされ、同一機種に属する個別の電磁ポンプの抵抗値と吐出量との具体的関係も、グラフ上、これと傾きを同じくする、すなわち平行な直線として表わされることになる。

しかし、構成要件Dが、ある機種の個別の電磁ポンプの抵抗器のない状態における吐出量と前示「基準流量」との偏差に基づいて、実験データから導かれる当該機種の電磁ポンプにおける吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す具体的な法則を利用して、個別のポンプにつき、所定の吐出量に対する許容範囲に対応する抵抗値を求めることを意味するものと理解されることは前示のとおりである。そして、実験データから導かれる吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す法則が具体的にどのようなものであるかが、本来、当該機種の仕様や、電圧、電流、抵抗値、電磁コイルに生ずるリアクタンスがどのような値又は範囲にあるか等によって定まることも前示のとおりであって、仮に、実施例のレベルでは、それがグラフ上擬似的な直線となるとしても、本件明細書上、本件発明がそのようなものに限定されることを示す記載はない。そうすると、構成要件Dが記載bのような説明があって初めて理解できるということはできず、記載bの内容が本件発明を構成する必須事項であるともいえない。記載bは、本件発明のうちの理解しやすい1実施例を取り上げて説明を加えたものと理解するのが相当であり、記載bの掲記された大阪地方裁判所裁判所平成7年(ヨ)第3567号仮処分事件で被告が提出した準備書面(甲第5号証)にも、そのような理解を妨げる旨の記載はない。

また、原告は、実公昭41-18863号公報等の記載によって周知であるのは、電磁ポンプ一般において、抵抗値の増減が吐出量の増減を定めるという、概括的又は抽象的関係に止まるものであり、電磁ポンプの機種ごとに収集した実験データに基づく機種ごとの具体的な抵抗値と吐出量との関係ではなく、周知の電磁ポンプ一般における抵抗値と吐出量との間の概括的又は抽象的関係について知識を有していたとしても、その知識は、どのようにして機種ごとに具体的な抵抗値を算出するかを明らかにするものではないと主張し、さらに、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から定まる抵抗値を算出するということが本件特許請求の範囲に記載されていないうえ、予め実験データから求めている流量と抵抗値の関係から、どのような方法で機種ごとに具体的な抵抗値を算出するかについては、本件明細書に示唆すらないと主張する。

しかし、前示のとおり、実公昭41-18863号公報の記載により、電磁ポンプ一般において、抵抗値が増大すると、印加電圧が低下し、電磁ポンプの吐出量が減少すること、及び、印加電圧の低下・増加と電磁ポンプの吐出量の減少・増大との間には、ほぼ直線的、すなわち一次関数的な関係があることが周知であり、このことと、電圧、電流及び抵抗並びに電磁コイルに生ずるリアクタンスに関する一般式とに基づけば、抵抗器の抵抗値と電磁ポンプの吐出量との間には、関数式で表わせる一定の法則性が存在することが理解され、さらに、技術常識に基づいて、ある機種の電磁ポンプの一定数をサンプリングし、それらの抵抗値と吐出量との関係を測定した実験データから、その機種における吐出量と抵抗値との平均的な関係を示す具体的な法則が導かれること、同一機種の個別の電磁ポンプの抵抗値と吐出量との具体的関係は、そのポンプの特定の抵抗値に対する吐出量と、その抵抗値における前示平均的な関係における吐出量との偏差を基にして算出し得ることは、当業者にとって自明な事柄である。

そして、構成要件Dは、このような周知事項及び技術常識を前提とし、前示のような技術的意義を有するものとして当業者に理解可能であり、その場合に、自明な事項まで、「特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項」として特許請求の範囲に記載されなければならないということはできない。

(5)  したがって、本件特許請求の範囲に昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条5項の「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されていないとする原告の主張は誤りである。

(6)  本件審判に係る審判請求書(甲第7号証)には、「7請求の理由」の「(5)本件特許を無効とすべき理由」の「<4> 『記載不備の理由』について」の「ⅵ.『すべてを含む』について」の項において、(ⅱ)として、

「(5)、<3>、ⅳ、(ⅳ)で述べたように構成事項D(注、構成要件Dを指す。)の『偏差に応じた抵抗値』は(参考事項)の『記載b』のような記載と関連して述べなければ技術的意義をもつものとはならない。

即ち、構成事項Dは(参考事項)の『記載b』に対応する構成上の記載を欠いている記載不備がある。」(同号証10頁2~6行)との記載がある。

この記載によれば、原告は、審判請求書の記載中で、本件無効事由について触れていることは認められる(但し、その記載で引用した「(5)、<3>、ⅳ、(ⅳ)」の項の記載は、「従って、『記載b』は正確な表現ではなく、『測定流量からの偏差で実験データのグラフ線に平行グラフ線を描き、この平行グラフ線から基準流量の抵抗値の偏差に応じて、抵抗値を得る』とされるべきである。」(同号証8頁11~13行)というものであって、構成要件Dが記載bのような記載と関連して述べられなければ技術的意義をもたないとの趣旨であるとは認められない。)。

しかし、前示のとおり、審判請求書の構成上、該記載は無効事由のうちの「すべてを含む」についての記載不備の主張の根拠として述べられているものであり、そして、審判請求書の「債権者(被請求人)(注、被告を指す)は、・・・構成事項Dの『吐出量と基準流量とその偏差に応じて、上記ポンプの吐出量を上記石油燃焼器に組み込んだ状態で上記所定の吐出量に対する許容範囲内に収まる抵抗値を有する固定抵抗器を選定し、』の記載によって、偏差に応じて許容範囲に収まる吐出量となる抵抗値を有する固定抵抗器を選定する方法のすべてを含むものであること、(以下『すべてを含む』についてという)のような主張をしている。」(同号証3頁9~20行)、「チ3このようにしてカットアンドトライ方法によらず、一回の、すなわち同一状態の下での測定により抵抗器を選定して吐出量を調整するため、調整作業は簡単で短時間に行え、作業能率は極めて高いものとなる。(甲第2号証(注、本訴甲第3号証の本件明細書を指す。)、第4頁第7欄第24行乃至第39行)」(甲第7号証6頁15~18行)、「偏差に応じて許容範囲に収まる吐出量となる抵抗値を有する固定抵抗器を選定する方法のすべてを含むということは、記載チ3でカットアンドトライ方法を除いていることから当を得ていない。」(同号証9頁28行~10頁1行)との各記載によれば、「すべてを含む」についての記載不備の主張とは、要するに、「本件発明の特許請求の範囲における『上記所定の吐出量に対する許容範囲内に収まる抵抗値を有する固定抵抗器を選定し、』(本件発明の特許請求の範囲第16行~第17行)が、『すべて』の選定方法を含むとすれば、カットアンドトライ方法も含むから本件発明の明細書中の記載と矛盾する」(審決書6頁7~13行)との構成要件Dに係る記載不備の主張(同4頁13~18行)であると認められる。

そうすると、審判請求書の構成上、本件無効事由が独立した本件特許の無効事由として主張されているものとはいうことはできない。また、審決は、「すべてを含む」についての記載不備の主張に対し判断をして、これを排斥している(審決書9頁11行~10頁2行)ところ、その際に本件無効事由については触れていないが、その判断理由に鑑みて、本件無効事由に言及するまでもなく、「すべてを含む」についての記載不備の主張を排斥し得るものとしたことは明白である。

したがって、審決が本件無効事由を取り上げて判断しなかったからといって、直ちに判断遺脱の違法があるということはできない。

また、仮に審決が本件無効事由について判断しなかったことに何らかの瑕疵が認められるとしても、前示のとおり、本件無効事由の主張が失当であって、構成要件Dに主張の記載不備がないことは明らかであるから、構成要件Dについての記載不備の主張を排斥した審決の判断に誤りがあるとはいえず、結局、その瑕疵は審決の結論に影響を及ぼさないものというべきである。

2  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 川上拓一 裁判官 石原直樹)

平成8年審判第15650号

審決

東京都大田区池上5丁目23番13号

請求人 太産工業株式会社

東京都港区虎ノ門2-8-1 虎ノ門電気ビル

代理人弁理士 江崎光好

東京都港区虎ノ門二丁目8番1号 虎ノ門電気ビル

代理人弁理士 江崎光史

東京都港区虎ノ門2丁目8番1号 虎ノ門電気ビル5階 江崎特許事務所

代理人弁理士 三原恒男

大阪府八尾市北亀井町2丁目7番15号

被請求人 シルバー株式会社

大阪唐大阪市西区靭本町2丁目3番2号 住生なにわ筋本町ビル 三協国際特許事務所

代理人弁理士 小谷悦司

大阪府大阪市西区靭本町2丁目3番2号 住生なにわ筋本町ビル 三協国際特許事務所

代理人弁理士 植木久一

大阪府大阪市西区靭本町2丁目3番2号 住生なにわ筋本町ビル 三協国際特許事務所

代理人弁理士 長田正

大阪府大阪市西区靭本町2丁目3番2号 住生なにわ筋本町ビル 三協国際特許事務所

代理人弁理士 伊藤孝夫

上記当事者間の特許第2080163号発明「石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプの製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

1. 手続きの経緯・本件発明

本件特許第2080163号発明(以下「本件発明」という。)は、昭和58年10月24日出願の実願昭58-164308号(以下「原出願」という。)を、昭和62年10月22日に特許法第46条第1項の規定により特許出願に変更したもの(以下「変更出願」という。)を、さらに平成1年1月27日に特許法第44条第1項の規定により分割出願したもの(以下「本件出願」という。)であって、平成7年6月30日の出願公告(特公平7-101033号)を経て、平成8年8月9日に設定の登録がされたものであり、本件発明の要旨は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。「フリーピストン状のプランジャを収めたシリンダの外周に設けられた電磁コイルと、該電磁コイルからの2本のコイル端末を固定する第1、第2の端子、更に上記第1の端子との間で固定抵抗器が接続される第3の端子とを有し、石油燃焼器に組み込まれた状態で該石油燃焼器内の駆動回路から供給される駆動パルスが上記第2、第3の端子間に供給されて燃料を所定の吐出量で吐出する石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプにおいて、上記固定抵抗器のない状態で、上記石油燃焼器内の駆動回路から供給される駆動パルスに対して上記所定の吐出量以上となるように、予め電磁ポンプを製造し、吐出量検査用駆動回路からの駆動パルスを上記第1、第2の端子に供給して上記電磁ポンプの吐出量を測定し、このときの吐出量と基準流量とその偏差に応じて、上記電磁ポンプの吐出量を上記石油燃焼器に組み込んだ状態で上記所定の吐出量に対する許容範囲内に収まる抵抗値を有する固定抵抗器を選定し、該選定した固定抵抗器を上記第1、3の端子間に接続することを特徴とする石油燃焼器の燃料供給用電磁ポンプの製造方法。」

2. 請求人の主張

これに対して、請求人太産工業株式会社は、証拠方法として、甲第1号証(本件特許第2080163号登録原簿)、甲第2号証(本件発明に係る特公平7-101033号公報)、甲第3号証(原出願に係る実願昭58-164308号のマイクロフィルム)、甲第4号証(該原出願の変更出願に係る特開昭63-285275号公報)、甲第5号証(該変更出願を更に分割した出願(本件出願)に係る特開平2-5769号公報)を提出し、本件特許を無効とするとの審決を求め、その理由として、次の(1)、(2)の主張をしている。

(1)無効理由1

本件発明の特許請求の範囲には、下記(イ)~(ハ)のとおり、発明の構成に欠くことができない事項を記載していない記載不備があり、本件発明は、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしておらず、同法第123条第1項3号により、本件特許は無効とすべきである。

(イ)本件発明の明細書には、「もしくは、ある特定の抵抗値の抵抗器を介在させた状態でポンプ吐出量を測定し、この測定流量から上述のようにして所定の固定抵抗器を選定する。」(甲第2号証第4項第7欄第32行~第35行)が記載されているが、この記載は、「原出願」、「変更出願」に記載がないので、本件出願が適法な分割出願であるためには、本件発明の特許請求の範囲に、

「抵抗器」を介在させない状態で「測定」する必要があり、したがって、本件発明の特許請求の範囲における「吐出量検査用駆動回路から駆動パルスを上記第1、第2の端子に供給して上記電磁ポンプの吐出量を測定し、」(本件発明の特許請求の範囲第11行~13行)の前に「上記状態にて」を挿入すべきである。

また、「抵抗器」を介在させた状態で「測定」するためには、抵抗器は第1、第3の端子間にある故、「駆動パルスを上記第1、第2の端子に供給して」(本件発明の特許請求の範囲第12行~第13行)ではなく「駆動パルスを上記第2、第3の端子に供給して」にする必要がある。

(ロ)本件発明の特許請求の範囲における「吐出量を測定し、」(本件発明の特許請求の範囲第13行)は、測定回数を2回以上行う場合も含むものとすると、測定に対応する、吐出量と基準流量との偏差をどのようにして処理するのか不明であり、上記「吐出量を測定し、」は「一回」測定しと限定すべきである。

(ハ)本件発明の特許請求の範囲における「上記所定の吐出量に対する許容範囲内に収まる抵抗値を有する固定抵抗器を選定し、」(本件発明の特許請求の範囲第16行~第17行)が、「すべて」の選定方法を含むとすれば、カットアンドトライ方法も含むから本件発明の明細書中の記載と矛盾する。

(2)無効理由2

上記無効理由1(イ)と関連するが、本件発明の明細書中の「もしくは、ある特定の抵抗値の抵抗器を介在させた状態でポンプ吐出量を測定し、この測定流量から上述のようにして所定の固定抵抗器を選定する。」(甲第2号証第4頁第7欄第32行~第35行)は、「変更出願」に記載のない事項であり、本件発明の「測定し」が抵抗器を介在させる状態も含むとすると、本件発明は、変更出願に記載のない事項を含むことになるから、特許法第44条の分割出願としての要件を備えず、出願日の遡及は認めれず、本件出願は、出願日が平成1年1月27日の出願となる。また、「変更出願」に係る特開昭63-285275号の公報(甲第4号証)は昭和63年11月22日に公開されており、本件発明は、抵抗器を介在させない状態も含むから、本件発明は、甲第3号証に記載の発明と同一であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、本件特許は、同法第123条第1項第1号により、無効とすべきである。

3. 当審の判断

(1)無効理由1についての検討

まず、無効理由1(イ)について検討すると、「ある特定の抵抗値の抵抗器」は「介在させた状態でポンプ吐出量を測定する」(甲第2号証第4頁第7欄第33行)と記載されている故、流量測定後に選定する固定抵抗器とは異なり、吐出量測定検査用抵抗器と解せられる。したがって、「上記状態にて」を挿入しなくても、吐出量の測定時は吐出量測定検査用抵抗器が介在されるか否かにかかわらず、固定抵抗器がない状態であることは明らかである。また、「吐出量測定検査用抵抗器」は測定検査用故、第1、第3端子間に介在させるものではなく、吐出量検査用駆動回路の一方の出力端子と第1の端子との間に介在させるか、あるいは、吐出量検査用駆動回路の他方の出力端子と第2の端子との間に介在させるかのいずれかであることは当業者にとって明らかであるから、駆動パルスを第1、第2の端子に供給して電磁ポンプの吐出量を測定することに何ら記載不備は見当たらない。

次に、無効理由1(ロ)について検討すると、測定回数については、本件発明の明細書の「かかる固定抵抗器の選定及び選定固定抵抗器の接続固定作業が各電磁ポンプ毎に1回の吐出量測定によって行われる。」(甲第2号証第3項第6欄第41行~第42行目)、「従って、所定の吐出量の電磁ポンプの製造が精度の高い性能を有しつつ、容易かつ1回の測定で迅速に行える。」(甲第2号証第5項第9欄第8行~第10行目)に記載のとおり測定回数は1回であることは明確であることから、本件特許請求の範囲の記載における「測定」の回数は1回と解釈するのが妥当であり、ことさら「1回測定し」と限定する必要性は認められない。

さらに、無効理由1(ハ)について検討すると、本件発明の明細書の「このようにしてカットアンドトライ方法によらず、1回の、すなわち同一状態の下での測定により抵抗器を選定して吐出量を調整するため、調整作業は簡単で短時間に行え、作業能率は極めて高いものとなる。」(甲第2号証第4項第7欄第36行~第39行目)に記載されているとおり、本件発明では固定抵抗器の選定に際しカットアンドトライ方法を除外していることは明白である。

以上のとおりであるから、請求人の主張する無効理由1(イ)~(ハ)はいずれも採用できない。

(2)無効理由2についての検討

本件発明の明細書に記載の「もしくは、ある特定の抵抗値の抵抗器を介在された状態でポンプ吐出量を測定し、この測定流量から上述のようにして所定の固定抵抗器を選定する。」(甲第2号証第4項第7欄第32行~第35行)は、確かに、原出願(甲第3号証参照)、変更出願(甲第4号証参照)に記載されていない。しかし、上記「3.(1)無効理由1(イ」)で検討したとおり、

「ある特定の抵抗値の抵抗器」は吐出量測定検査用であると認あられ、これを吐出量検査用駆動回路中に介在させるか否かは、当業者の単なる設計的事項にすぎず、又介在させることに技術上特段の意味を持つものでもない。したがって、上記記載が本件発明の要旨とする技術的事項に影響を及ぼすものでもなく、「本件出願」は特許法第44条の分割要件を具備しているものと認められる。

よって、請求人の主張は採用できない。

5. むすび

以上のとおりであるから、審判請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年8月29日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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